Twishortより
お題・レクバン 雰囲気:結局報われない テーマ:レックス拾った
今でも夢に見る、その影から、俺はまだ離れられないでいる。
雨が降っていた。紺色の傘を持ちながら、河原の傍を歩く。あの川に流れる水は、いずれ海に混ざっていくのだろうか。あの川を辿って海に行けば、あの人と同じ所に融けられるんじゃないか。あれがどこに墜ちたかなんて知らないけれど、海のどこかに墜ちたのならば、きっと会えるような、そんな、錯覚、無駄で哀れな希望。
土砂降りとも言わないけれど、程々に強い雨の中、靴の中の靴下は濡れ、鞄を濡らしたくないが為に、肩はびしょ濡れだ。嗚呼、気持ち悪い。早く家に帰りたい!
自然と歩く速度は速まり、家へ向かう道が妙に長く感じられる。嫌だ、嫌だ。1人でいると、あの時を思い出しそうで、気が狂う。そうだ。サターンが墜ちて、その後宇崎さんからあの人の死を聞かされた時。あの時と同じような雨が、今、降っている。雨音に消された、宇崎さんの顔。消えなかったのは、その言葉。「檜山は―――」
「にゃあ」
ハッと、目線を声のする方へ向ける。猫だ。俺は首を傾げた。紺色の毛並みを見ればロシアンブルーと思えるが、そんな単純な紺色だとは思えなかった。ノスタルジーを秘めているようなその色に、少し濁ったような赤の瞳。まるで、あの人の瞳の色。
「――――レックス?」
知っている人が聞いたら、とうとう俺は気が狂ったと思われるかもしれない。でも、俺はその猫がレックスにしか見えなかった。そうだ!あの紺色は、レックスのコートの色!少し濁った赤い瞳は、レックスの瞳の色だ!
「レックス!」
そんな訳ない、と否定する脳裏の言葉を、俺は排除した。嗚呼、レックスだ。まるでレックスが転生して帰ってきてくれたみたいに思える!しかも猫は、レックスと呼ばれた時に「にゃあ」と返事をした。嗚呼、レックスが、帰ってきた。帰ってきたんだ――
「おかえり、レックス。さぁ、家に――」
・・・・・・レックスを抱き抱えようとした手を、俺は止めてしまった。そうだ、我が家ではペットは飼えない。勿論その理由は、家にある精密な部品たちにある。猫の毛なんて、以ての外だろう。でも、それでも。レックスは、俺の傍に置きたい。
じゃあ、どうする?堂々と相談しても、きっと返して来なさいでお終いだ。下手したら、俺はまたカウンセラーさんと話す羽目になるかもしれない。何も、おかしい事はないし、話す事もない。だから、正直カウンセラーさんとはあまり話したくなかった。
――――だったら、答えは1つだ。
「さぁ、家に帰ろう。レックス。暖かいミルクを出してあげるから」
さぁ、ペットショップに行こう。必要最低限の物は買ってあげなくちゃ。それに、他にもやる事はある。家とは真逆の方向へ足を進める。俺はCCMを開くと、母さんに「ごめん。学校に忘れ物しちゃったから取ってくるね」とメールをした。
「堂々と飼えないなら、こっそり飼えば良いんだ!」
作戦は、思いの外上手くいった。
母さんにレックスの事はバレそうにないし、生き物がいる事さえ分からないとみえた。レックスはちゃんとご飯を食べてくれるし、俺と2人の時はいつも傍にいてくれる。
「ただいま、レックス」
にゃあ、といつも通りレックスがベッドの奥から出てきて、俺の隣に座る。ちゃんと洗ってやったら、その毛並みは酷く綺麗で、目やにのついていた目はパッチリとした、でもどこか憂いのある目になった。レックスは自分でもグルーミングをするらしく、ちょくちょく自分の身体を舐めている。
「今日ね、ペットショップの店員さんに色々教えてもらったんだ。猫って爪とぎが必要なんだね。俺、知らなかったよ。でね、店員さんがお勧めのを教えてくれたんだ。ほら、これだよ」
ビニール袋からそれを取り出せば、レックスは嬉しそうにまたにゃあおと鳴く。人間の頃よりも、随分と感情を出すようになったなぁ、と思う。まぁ、俺にとっては嬉しい事だけれども。
「さ、ご飯あげるね」
ショルダーバッグを置いて立ち上がる。するとレックスは、いつもと違う行動を取った。部屋から出ようとドアを開けると、自分も出ようと着いてくるのだ。
「ダメだよ、レックス。レックスの事は秘密なんだから」
クスクスと笑みを零す。でもレックスは、赤い瞳で俺を見上げて、何かを訴えているようだった。まるで、俺を出してくれ、と言わんばかりの瞳に、俺は――――
「駄目だ」
自分でも驚くぐらい、冷たくて低い声だった。
「レックスは、秘密なんだから」
違う。それは建前だ。本当は離したくないんだ。俺の傍に常にいてほしい、どっかに消えないでほしい。一度離れられてしまったら、もう会えないような気がして。もう、離れたくない。一度離れてしまったせいで、離れた時のあの絶望と焦燥を、知ってしまったから。
レックスは暫く黙っていたが、やがて尻尾を落として、とぼとぼとベッドの上に戻った。
「レックス・・・・・・」
レックスは顔をあげ、また俺の顔を見つめる。今度は「大丈夫だ」と言われた。でも、俺の不安は晴れない。レックスは何をしたいんだろう。結局その答えは分からずに、いつも通りのご飯をあげるしかなかった。
今でも夢に見る、その影から、俺はまだ離れられないでいる。
だから、また俺は過ちを犯した。
あの日から、数日が経った。レックスはすっかり外に出たがらなくなり、いつも俺の傍にいた。俺にとってそれは嬉しい事だけれども、それはどこか俺を安心させようとしているようだった。死を感じた親が、子と最期の時を過ごすような、その時の親の目を、レックスはしている。
俺はそれに対して、何も言えなかった。それを言ったら、俺とレックスの関係が崩壊してしまうように感じられて、言えなかった。
今日も学校が終わって、俺は鞄を掴んで疾走する。レックスと再会したあの河原を越えて、いつもの商店街を越えて―――いつも通り、走ろうとした、けど。
商店街の一角、妙な人混みに俺は足を止めた。そこは、あの喫茶店、BlueCatsの前。
「惨い事を・・・・・・」「可愛そうに」「自転車とすれ違ったんだって?」「なんでも、猫が自ら飛び出してきたんだってよ」「即死だな、これ」「それにしても、この猫、本当にロシアンブルーか?」
ドクン。心臓が、跳ねる。どうしたんですか、と擦れた声で聞くと、親切なおじいさんは「猫がな、自転車に轢かれてしまったんだ」と目を伏せながら教えてくれた。
まさか。まさか。そんな、事。人混みをかき分けて、その猫を見ようと藻掻く。違う、きっと、どっかの野良猫だ。ミソラは、野良猫が多いから。きっと、きっと――――
『紺色の毛並みを見ればロシアンブルーと思えるが』『そんな単純な紺色だとは思えなかった』『ノスタルジーを秘めているようなその色に』『少し濁ったような赤の瞳』『まるで、あの人の瞳の色。』
『あの紺色は、レックスのコートの色!』
『少し濁った赤い瞳は、レックスの瞳の色だ!』
「ああぁあああぁあぁああ!!!」絶叫がこだまする。なんで、なんで、レックス!なんで、また俺から離れるの!?折角、繋ぎ止めたのに!また!俺から離れるの!?どうして!!
ぽつり、と俺の頬に当たった雨はやがて激しくなって、俺とレックスを濡らす。雨にしては、随分と暖かいそれが頬を伝う。おかしいな、身体に当たる雨はこんなにも冷たいのに、頬は、頬を伝う雨は、どうも暖かくて、むしろ、熱い。
「・・・・・・おうち、帰ろうか、レックス」
ぐったりとしたレックスを抱き抱える。嗚呼、こんな雨に打たれちゃったからだ。早く、どうにかしないと。でも、治したら、またレックスは俺の元を離れる。なら、いっそ――――
家とは逆の方向へ、歩く。
『この先、ミソラ名物の絶壁の海岸があります!』
―――――――
ラスト。本当にすみませんでした。いや、本当に。
最初はほのぼのさせる気だったんです・・・・・・。
お題・レクバン 雰囲気:結局報われない テーマ:レックス拾った
今でも夢に見る、その影から、俺はまだ離れられないでいる。
雨が降っていた。紺色の傘を持ちながら、河原の傍を歩く。あの川に流れる水は、いずれ海に混ざっていくのだろうか。あの川を辿って海に行けば、あの人と同じ所に融けられるんじゃないか。あれがどこに墜ちたかなんて知らないけれど、海のどこかに墜ちたのならば、きっと会えるような、そんな、錯覚、無駄で哀れな希望。
土砂降りとも言わないけれど、程々に強い雨の中、靴の中の靴下は濡れ、鞄を濡らしたくないが為に、肩はびしょ濡れだ。嗚呼、気持ち悪い。早く家に帰りたい!
自然と歩く速度は速まり、家へ向かう道が妙に長く感じられる。嫌だ、嫌だ。1人でいると、あの時を思い出しそうで、気が狂う。そうだ。サターンが墜ちて、その後宇崎さんからあの人の死を聞かされた時。あの時と同じような雨が、今、降っている。雨音に消された、宇崎さんの顔。消えなかったのは、その言葉。「檜山は―――」
「にゃあ」
ハッと、目線を声のする方へ向ける。猫だ。俺は首を傾げた。紺色の毛並みを見ればロシアンブルーと思えるが、そんな単純な紺色だとは思えなかった。ノスタルジーを秘めているようなその色に、少し濁ったような赤の瞳。まるで、あの人の瞳の色。
「――――レックス?」
知っている人が聞いたら、とうとう俺は気が狂ったと思われるかもしれない。でも、俺はその猫がレックスにしか見えなかった。そうだ!あの紺色は、レックスのコートの色!少し濁った赤い瞳は、レックスの瞳の色だ!
「レックス!」
そんな訳ない、と否定する脳裏の言葉を、俺は排除した。嗚呼、レックスだ。まるでレックスが転生して帰ってきてくれたみたいに思える!しかも猫は、レックスと呼ばれた時に「にゃあ」と返事をした。嗚呼、レックスが、帰ってきた。帰ってきたんだ――
「おかえり、レックス。さぁ、家に――」
・・・・・・レックスを抱き抱えようとした手を、俺は止めてしまった。そうだ、我が家ではペットは飼えない。勿論その理由は、家にある精密な部品たちにある。猫の毛なんて、以ての外だろう。でも、それでも。レックスは、俺の傍に置きたい。
じゃあ、どうする?堂々と相談しても、きっと返して来なさいでお終いだ。下手したら、俺はまたカウンセラーさんと話す羽目になるかもしれない。何も、おかしい事はないし、話す事もない。だから、正直カウンセラーさんとはあまり話したくなかった。
――――だったら、答えは1つだ。
「さぁ、家に帰ろう。レックス。暖かいミルクを出してあげるから」
さぁ、ペットショップに行こう。必要最低限の物は買ってあげなくちゃ。それに、他にもやる事はある。家とは真逆の方向へ足を進める。俺はCCMを開くと、母さんに「ごめん。学校に忘れ物しちゃったから取ってくるね」とメールをした。
「堂々と飼えないなら、こっそり飼えば良いんだ!」
作戦は、思いの外上手くいった。
母さんにレックスの事はバレそうにないし、生き物がいる事さえ分からないとみえた。レックスはちゃんとご飯を食べてくれるし、俺と2人の時はいつも傍にいてくれる。
「ただいま、レックス」
にゃあ、といつも通りレックスがベッドの奥から出てきて、俺の隣に座る。ちゃんと洗ってやったら、その毛並みは酷く綺麗で、目やにのついていた目はパッチリとした、でもどこか憂いのある目になった。レックスは自分でもグルーミングをするらしく、ちょくちょく自分の身体を舐めている。
「今日ね、ペットショップの店員さんに色々教えてもらったんだ。猫って爪とぎが必要なんだね。俺、知らなかったよ。でね、店員さんがお勧めのを教えてくれたんだ。ほら、これだよ」
ビニール袋からそれを取り出せば、レックスは嬉しそうにまたにゃあおと鳴く。人間の頃よりも、随分と感情を出すようになったなぁ、と思う。まぁ、俺にとっては嬉しい事だけれども。
「さ、ご飯あげるね」
ショルダーバッグを置いて立ち上がる。するとレックスは、いつもと違う行動を取った。部屋から出ようとドアを開けると、自分も出ようと着いてくるのだ。
「ダメだよ、レックス。レックスの事は秘密なんだから」
クスクスと笑みを零す。でもレックスは、赤い瞳で俺を見上げて、何かを訴えているようだった。まるで、俺を出してくれ、と言わんばかりの瞳に、俺は――――
「駄目だ」
自分でも驚くぐらい、冷たくて低い声だった。
「レックスは、秘密なんだから」
違う。それは建前だ。本当は離したくないんだ。俺の傍に常にいてほしい、どっかに消えないでほしい。一度離れられてしまったら、もう会えないような気がして。もう、離れたくない。一度離れてしまったせいで、離れた時のあの絶望と焦燥を、知ってしまったから。
レックスは暫く黙っていたが、やがて尻尾を落として、とぼとぼとベッドの上に戻った。
「レックス・・・・・・」
レックスは顔をあげ、また俺の顔を見つめる。今度は「大丈夫だ」と言われた。でも、俺の不安は晴れない。レックスは何をしたいんだろう。結局その答えは分からずに、いつも通りのご飯をあげるしかなかった。
今でも夢に見る、その影から、俺はまだ離れられないでいる。
だから、また俺は過ちを犯した。
あの日から、数日が経った。レックスはすっかり外に出たがらなくなり、いつも俺の傍にいた。俺にとってそれは嬉しい事だけれども、それはどこか俺を安心させようとしているようだった。死を感じた親が、子と最期の時を過ごすような、その時の親の目を、レックスはしている。
俺はそれに対して、何も言えなかった。それを言ったら、俺とレックスの関係が崩壊してしまうように感じられて、言えなかった。
今日も学校が終わって、俺は鞄を掴んで疾走する。レックスと再会したあの河原を越えて、いつもの商店街を越えて―――いつも通り、走ろうとした、けど。
商店街の一角、妙な人混みに俺は足を止めた。そこは、あの喫茶店、BlueCatsの前。
「惨い事を・・・・・・」「可愛そうに」「自転車とすれ違ったんだって?」「なんでも、猫が自ら飛び出してきたんだってよ」「即死だな、これ」「それにしても、この猫、本当にロシアンブルーか?」
ドクン。心臓が、跳ねる。どうしたんですか、と擦れた声で聞くと、親切なおじいさんは「猫がな、自転車に轢かれてしまったんだ」と目を伏せながら教えてくれた。
まさか。まさか。そんな、事。人混みをかき分けて、その猫を見ようと藻掻く。違う、きっと、どっかの野良猫だ。ミソラは、野良猫が多いから。きっと、きっと――――
『紺色の毛並みを見ればロシアンブルーと思えるが』『そんな単純な紺色だとは思えなかった』『ノスタルジーを秘めているようなその色に』『少し濁ったような赤の瞳』『まるで、あの人の瞳の色。』
『あの紺色は、レックスのコートの色!』
『少し濁った赤い瞳は、レックスの瞳の色だ!』
「ああぁあああぁあぁああ!!!」絶叫がこだまする。なんで、なんで、レックス!なんで、また俺から離れるの!?折角、繋ぎ止めたのに!また!俺から離れるの!?どうして!!
ぽつり、と俺の頬に当たった雨はやがて激しくなって、俺とレックスを濡らす。雨にしては、随分と暖かいそれが頬を伝う。おかしいな、身体に当たる雨はこんなにも冷たいのに、頬は、頬を伝う雨は、どうも暖かくて、むしろ、熱い。
「・・・・・・おうち、帰ろうか、レックス」
ぐったりとしたレックスを抱き抱える。嗚呼、こんな雨に打たれちゃったからだ。早く、どうにかしないと。でも、治したら、またレックスは俺の元を離れる。なら、いっそ――――
家とは逆の方向へ、歩く。
『この先、ミソラ名物の絶壁の海岸があります!』
―――――――
ラスト。本当にすみませんでした。いや、本当に。
最初はほのぼのさせる気だったんです・・・・・・。
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