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――たまに、お前の首を絞めてしまいたくなる時があるんだ。



ギシ、とスプリングが鳴る。時計はまだ2時半を指していて、本来起きるべき時間には未だ遠い。またこのパターンか、と頭をかいて俺はベッドから立ち上がる。こんな夜にまた寝静まろうとしても、出来ないのが落ちだ。外の空気でも吸ってから、出来なかった仕事の続きでもやろう。そう思いながらベランダへ出れば、満天の星空が俺を迎えた。

「・・・・・・寒いな」

そうか、もう冬だ。あそこに見えるのはペガサス座だろうか。机に座って、必死にノートを取っていたあの頃を思い出す。冬の大三角形、ベテルギウス、シリウス。嗚呼、もう1つは一体なんだっただろうか。ぽろぽろと記憶が剥がれ落ちて、どこかに落としてしまったらしい。あの頃は何をしていた、何を思っていた、教室、机に書かれた心ない言葉、憎しみは誰が為に。必死だった。何かに、必死だった。一体それは何か。・・・・・・今も昔も変わらないのかもしれない。昔から成長していないのだろう。成長したのは、体格と身長ぐらいか。
そんな時に彼と出会ってしまった。その輝く瞳は常に未来を映していて、話す言葉の隅々にまでそれは行き渡る。希望の子だ。絶望しない、しても支えてくれる仲間がいるし、絶望に沈む仲間がいたら助けるであろう、彼。
羨望。その言葉に尽きた。羨ましくて羨ましくて堪らないのだ。俺が死ぬ程欲しくて欲しくてでも与えられなくて得られなくて諦めたそれを、彼は、生まれた時から、当たり前のように持っている!
希望。未来。仲間。信頼。愛情。友情。嗚呼、彼の前に立つと俺は、俺でなくなってしまう。俺の、檜山連の存在意義が、どこか遠くへ行ってしまいそうなんだ!

「・・・・・・どうして、アイツは」

彼は、俺を慕っている。俺も、彼を好いている。何度も夜を過ごしたし、何度も彼に自身の汚い欲望を晒して突き刺して彼を汚した。それでも彼は、俺を慕う。
分からない。なぜそこまで俺を慕う。愛する。やめてくれ、と叫びたくなる時すらある。分かっているから、分かっているからやめてほしいんだ。お前のそれは愛情じゃなくて人類愛のようなものなのだと、分かっているから。

手が、手すりに触れる。嗚呼、硬い。アイツの首は、あんなにも柔かったのに。跨って揺さぶった時に絞めた首は、あまりにも細くて、柔くて、脆くて。
・・・・・・俺の衝動の前に、アイツはきっと壊れてしまうだろう、と。

首を絞めたくなるんだ。その息を止めさせてしまいたくなるんだ。彼はあまりにも美しすぎる。この世に晒してはいけないんだ。汚れていってしまうのなら、その前に俺の手で首を絞めて殺してしまえば、美しいまま逝ってくれるのでは、なんて本気で考える始末。それが無理なら足でも良い。足を折ってしまえば、歩けなくなる。俺が一生面倒を見ればいい、そうしたら、そうしたら・・・・・・!

「明日、大きめの包丁を買いに行こうか」

きっと彼は苦しむだろう。その顔でさえ今は愛おしい。早くしないと、彼が汚れてしまう。その前に、早く、俺の手で彼を、バンを――



傲慢な保護
(それは彼が為と見せかけた、自己満足である、のに)


***
暴走系レックスでした。
未ファにいけなかった腹いせに。


薄暗い部屋、スイッチを押せば、椅子に腰をおろして眠る愛しい姿。口から微かに零れる寝息に俺は微笑んで「レックス。ただいま」レックスは目を開けて俺を捉えると、「ああ、おかえり」と微笑んだ。
「今日は、久しぶりにジンと会ったんだ。立派になってたよ。――って会社、あるだろ?あれ、ジンの会社なんだ。それに、郷田も親の仕事を継いでた。面白いのが、仙道が秘書やってるんだよ。似合わないよね。でも、ああ見えて細かい事は得意だったから、案外天職なのかも」
レックスは何も言わずに、ただ微笑んでいる。時計の針は、午後3時を指す。
「ああ、おやつにしようか。今日、良い豆が入ったんだ。俺、もうレックスよりも美味しい珈琲、淹れられるようになったかな」
キッチンに立って、珈琲を淹れる用意をする。棚からクッキーとカップを取り出して、皿にクッキーを並べる。そうすれば珈琲が出来上がって、カップに注ぐ。良い香りが漂うそれらを運べば、レックスは嬉しそうに「ありがとう」と笑う。
「さぁ、食べて。このクッキー、わざわざお店に並んでゲットしたんだ」
レックスの手が、カップを取って口に運ぶ。だけど、テーブルに戻されたカップの中身は減っていない。
「あれ、おいしくなかった?」
「いや、そんな事はない」
「もしかして、具合良くない?」
「大丈夫だ」
嗚呼、きっと無理をしているんだ。あんな事があった後だから、まだ心の傷がふさがっていないんだろう。サターンであった事は、確かに俺たちに傷をつけた。でも、大丈夫。俺が支えるし、時間が解決してくれるから。
「明日は、一緒に水族館でも行こうか。丁度、近くの水族館がリニューアルしたんだ」
クッキーが減っていく、全て、俺の手によって。レックス、どうしたの。最近、全然ご飯を食べないじゃないか。そろそろ何かを食べないと、死んでしまう。ねぇ、レックス。どうしたの。声をかけようとしたその時。レックスの肩に触れた手に付着した、それ。

「すまない、バン」

――思考が、理性が、カチリと音を立てて、崩れた気が、した。

レックス、どうしてレックスは濡れてるの?もしかしてと窓を見遣れば、さっきまでの晴天とは打って変わって土砂降りの雨。きっと、洗濯物を取り込んでくれたんだ。ああ、ここまで日常的な生活をレックスを過ごせるなんて!「ありがとう」呟けば、レックスは緩やかにその手を俺の背に伸ばす。暖かい、融けて崩れてしまいそうなレックスの身体を抱き留める。ああ、レックス。俺、レックスが大好きだよ。だから、ずっと、ここに・・・・・・



誰もが最期は独りだ
(それに例外はないのに!)




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現実を見事にスルーしたバンさんのお話でした。