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茨は生を許されず

2013年01月30日
畑は、良くなかった。香油を注いでさしあげられるような救世主は俺の家には来なかった。過越の準備をする部屋も無かった。
サターンのコックピット内の気温が上昇していく。俺はぼんやりと興味なんてない天井を見ながら考える。

嗚呼、どこから違えてしまったのだろうか。俺は確かに自分の信念に従って正義を振りかざしていたはずなのに、いつの間にかそれは悪と呼ばれるものにすり替わって、俺も気づかずにいた。
――そうでもしなければ、気づかないだろう。なぁ、バン。
いつかのブルーキャッツで溢した言葉を振り返る。そうだ、この世はあまりに鈍く、あまりに聞かないのだ。誰の声を?愚者の声を、弱者の声を、無意味と吐き捨てて聞かないのだ。

「まるで、獣だったな」

思うが儘に咆哮した。思うが儘に「正義」と銘打った張りぼての様で傲慢な鉄槌を振りかざした。世界はそれでも変わらない。人々が望んでいるからなのかもしれない。少数の悲鳴に少し耳栓をしてしまえば、自分たちは助かる。目の前にある富と康を人々は簡単には手放せないものだから、そうやって耳を塞いで、募金・ボランティアなんて偽善で目さえ潰そうとしているのだ。

そんな世の中だったが、目も耳も塞がずに立ち向かう少年がいた。バンは美しかった。少年の健やかな四股は常に希望へともがき、仲間という素晴らしい人々に囲まれている。それでいて、少数の悲鳴を聞くのだ。聞いたうえで救ってしまうのだから、彼は本当に美しいが質も悪い。
……期待してしまうのだ。行き過ぎても、彼が戻してくれる。彼が助けてくれる。純粋な尊敬の念に隠れた押しつけがましい欲望を、彼は慈悲をもって「仲間だから」と救うのだ。自分のボロボロの手を隠しながら、懸命に周りの仲間の傷を治していく様は、哀れでいて滑稽だった。
なぜ他人ばかりを愛するのか。己の事なんでどうでも良いと言わんばかりの行動。自分が耐え切れなくなってしまえばそれでお終いなのに、それを知らないような素振りで必死に目の前の仲間を助けるのだ。

「俺が、1番押し付けてるんだよ」

バンは俺にそう言った。助けるのは、失うのが怖いから。自分を気にしないのは、自分がどうなっても周りが残っていれば自分という記録は残るし、誰かが助けてくれると思っているから、と。
強いだろう。バンはとても強い。だが、脆いのだ。無知の知。自分が弱いと分かっているからこそ、支え合う事を知っている。

――俺は、なかったなァ。

がむしゃらに勉学に励んだ。友人なんていなかったし、そんな事を考える余裕もなかった。ただただがむしゃらに頑張った。「頑張る」というレッテルを良いことに思考する事を放棄したのだ。頭の中の疑問「俺がする事は正しいのか」に蓋をして、淡々と参考書の単語を頭に詰め込む。試験では良い成績を残す。それだけが全てだった。それ以外が分からなかったのだ。誰かを信用する事も、支え合うことも。

サターンが燃える。酸素が薄くなる。涙がつつ、と頬を伝って手の甲を濡らす。

もう遅い。分かっていた。もう俺には仲間もいた。支え合う事も分かった。全部全部、バンが教えてくれたのに。それでも俺は引き返せなかった。怖かったのだ。形がよいとはいえずも過去の努力は確かに努力で、それを否定すれば自分さえ否定されるような気がした。

炎がコートの裾に触れる。熱い。熱い。熱い。これは罰だ。俺が受けるべき罰。理解は出来れど、落ちる涙は果たして苦痛からなのか、それとも後悔か。その答えが出る頃には俺の思考はもう……。

嗚呼、俺は幸せだったのだろうなァ。最期に、バンと出会えたのだから。嗚呼、バン。願わくば彼に幸あれと……。



茨は生を許されず
(罪は無くとも、生きるが罪と大衆叫ばんとす)


「誕生日おめでとう、バン」

そう言って、俺は冷蔵庫からあらかじめ用意しておいたケーキを取り出した。赤い苺がたくさん乗ったそれを見て、バンは目をキラキラと輝かせて感嘆の声を漏らしていた。

「わぁー、ありがとうレックス!」

この日の為に色々なケーキ店を回ってきた。その苦労がこの瞬間に全て報われたような気がして、俺もつられて微笑んでいた。そういうところがバンの強みだろう。自分の幸せを誰かに与える事が出来て、それさえ自分の幸せとのたまえるのだから。

「お前もとうとう15歳か……早いものだな」

拓也に連れられて来たあの時のバンとは違って、今のバンは随分と力強い顔になったと思う。何がバンをそこまで成長させたのだろう。LBX?仲間?この事件?……だとしたら、ある意味俺が成長させてしまったのかもしれないな、と心の中で嘲笑をこぼす。
子供は子供であるべきなのか、成長するべきではあれど、大人たちや仲間たちが、世界が、或いは俺がバンに期待するそのレベルは、とうに15歳のレベルを越していると思う。才能の1つで、俺たちは彼らに世界の命運という重荷を投げてしまうのだ。まだ彼らは子供で、大人の保護下にあるべきなのに。

「どんどんレックスと同じ、大人に近づいていくんだね!」

ひく、と頬の筋肉が痙攣するのが自分でも分かった。大人?薄汚くて私利私欲に塗れて狡くて傲慢な大人に?お前がなるというのか?
子供の頃の記憶が。大人だ。俺の両親を殺したのは。俺たち兄妹を離れ離れにして深い傷を負わせたのは。そんな大人にいずれかバンもなるというのか。そしていずれ俺を超えていくのか。
……認めない、そんな事。バンはまだ子供で良い。なんなら、永遠に子供でも構わないぐらいだ。

「お前はまだ子供だよ」

「レックス、酷いなぁ。将来はレックスよりも強いLBXプレイヤーになるんだからな!」

苺にフォークを突き立てて、バンはそう俺に叫んだ。その動作はまだ子供なのに、何故かその言葉には信憑性があって。いつかバンも俺を置いてどんどん向こうへ行ってしまうんだろうな、と悲しいような苛立つような傲慢な気持ちが顔を覗かせる。
どうしたら良いのだろうか。俺はバンよりも長くこの世を歩いてきた。俗に大人と呼ばれる存在になでなった。それでも、分からないことが多々あるのだ。子どもでいてほしいという考えさえ俺の傲慢なのだと分かっていながら、この気持ちは止まらない。永遠に子供でいてほしい。「純粋で」「無邪気で」「無知で」「弱くて」「俺が必要な」子供で。

「はは、俺も言われるようになったな。LBXの腕前ではまだまだ負けないさ」

子どもはどっちだ。バンの前に進もうという考えは褒められるべきだ。それでも、認めたくない。永遠に無知で俺の保護下にいる弱弱しいバンでいてほしいのだ。そして俺だけを見ていてほしい。何と言われようとその気持ちは真実だ。

BGMとして流しているラジオで司会と思われる男がハガキを読んでコメントしている。「そうですねー。好きに年齢は関係ないですからね。××さんにはその道をまっすぐ――」そうだ、好きに年齢は関係ない。この気持ちに年齢は関係ない。俺はただ、バンの事を愛しているだけ――――



生誕の苦しみ
(流した涙さえ、この報われぬ恋の道の糧として)


―――――
いもやまさんへの誕生日プレゼントです。
本当におめでとうございます。こんなのをプレゼントとは烏滸がましいのですが、よろしければ……!

皆さん、あけましておめでとうございます!

とうとう1年という区切りがつきました。個人的にとても素晴らしい1年で、様々な分野で「芽生えた」年だったので、今年はそれを成長させてやるような1年にしたいです。

今朝、初詣に行ってきました。お神籤で大吉をとれて、嬉しいような、年始早々に運を使ってしまったような(笑)

2013年、巳年。今年も黙々とレクバンを書いていこうと思います。これからも当サイト「俺たちのディスタンス」をよろしくお願いします!