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夕暮れに混じりて(レクバン)

ちゃぷ、触れた足から伝わる冷たさに、バンは肩を強張らせてその足を直ぐに退けた。冬の海は流石に寒いだろう。周りに人の気配は察せられず、俺たちの砂を蹴る音しか聞こえない。

「冷たいか」

「うん。凄い冷たい」

バンはしゃがむと、海水を掌で弄び始めた。掬われた海水は、するするとその指の間から音を立てていく。ぱちゃぱちゃ、ぱちゃぱちゃ。目を閉じて身を暖めれば、まるで幼子が弄んでいるかのように聞こえる音。手を抜けていった海水は、きっと暖かいだろう。嗚呼、海水が全てバンの体温まで温かくなればいいのに。そうすれば、まるで胎内に還るかのように俺たちは・・・・・・。

「頑張ろうね」

バンは微笑んで、俺の手を掴んでそっとその足を海水に浸けた。俺も続いて、足を浸ける。じゃば、じゃば。音はもう騒がしくて、嗚呼。俺はもう幼子ではないのだ、と。当たり前の事なのに、何故か心が痛む。――羨望、なのかもしれない。幼子の純真を持って死ねるバンに対する、羨望。

じゃばじゃば。ちゃぱちゃぱ。海水をかき分けて、一体俺たちはどこに向かっているのか。終着点が見つからないのだ。歩いて、歩いて、いずれは泳いで、行き着く先に見えるのは何だ。ない終着点に希望を寄せていた。きっとそこには大きな何かがあるのだろう。それは渦であり、光であり、島であり、口であり。俺たちはそこに飲み込まれて幸福に死ねるのだ、と。

「レ、ック、ス」

海水が丁度バンの喉元でたゆたっていた頃、バンが突然苦しそうに俺の名前を呼んだ。嗚呼、子供には少し効き目が早いのかもしれない。

「苦しいか」

問うと、バンは首を横に振った。そんな訳はないはずなのに。遅効性の毒がやっと効いたのだろう。ふと、自分も咳をした事に気付く反射で口を押さえた手についたそれに、俺は笑う。俺も子供になるのを、神は許してくれたのか。

口から漏れる血が、海に融けて消えていた。そして気付く。海が異様に赤い事に。バンはそれが言いたかったのか。さっきからバンの目は、海と太陽に釘付けになっていた。

「分からなくなるじゃないか」


やがて俺の胸が海に沈む頃、バンはとうとう限界がきた。ふと俺の肩を掴む力が弱まった事に気付いて、俺は慌ててバンを支える。互いの口元や胸元は真っ赤で、俺もそろそろ限界かもな、と自嘲する。嗚呼、赤い。俺たちのすぐ横にる太陽も、俺たちを融かす海も、俺たちの体液も、全て、全て。

「らい、せ、う、まく、い、かな」

息も絶え絶えに呟くバン。「ああ、うまくいくさ」俺の言葉は、終着点と同じだ。ありはしない、嘘っぱちの、空虚な嘘。でも、それが俺たちを救う。嘘のみが俺たちを救えるのだ。

「だいすきだ、よ」「あ、あ。あいして、る」

互いの最期の言葉。嗚呼、結局彼は、最期まで俺を見てくれない。いや、見てくれてはいても、俺の望むものは最期まで手に入らないままだ。つぅ、と伝った涙も最期に吐き出した血も、全て海の赤色に混じってしまって。


最期まで、思いは、伝わらないまま。




夕暮れに混じりて
(涙も血も、見えなくなってしまったから)



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