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茨は生を許されず

畑は、良くなかった。香油を注いでさしあげられるような救世主は俺の家には来なかった。過越の準備をする部屋も無かった。
サターンのコックピット内の気温が上昇していく。俺はぼんやりと興味なんてない天井を見ながら考える。

嗚呼、どこから違えてしまったのだろうか。俺は確かに自分の信念に従って正義を振りかざしていたはずなのに、いつの間にかそれは悪と呼ばれるものにすり替わって、俺も気づかずにいた。
――そうでもしなければ、気づかないだろう。なぁ、バン。
いつかのブルーキャッツで溢した言葉を振り返る。そうだ、この世はあまりに鈍く、あまりに聞かないのだ。誰の声を?愚者の声を、弱者の声を、無意味と吐き捨てて聞かないのだ。

「まるで、獣だったな」

思うが儘に咆哮した。思うが儘に「正義」と銘打った張りぼての様で傲慢な鉄槌を振りかざした。世界はそれでも変わらない。人々が望んでいるからなのかもしれない。少数の悲鳴に少し耳栓をしてしまえば、自分たちは助かる。目の前にある富と康を人々は簡単には手放せないものだから、そうやって耳を塞いで、募金・ボランティアなんて偽善で目さえ潰そうとしているのだ。

そんな世の中だったが、目も耳も塞がずに立ち向かう少年がいた。バンは美しかった。少年の健やかな四股は常に希望へともがき、仲間という素晴らしい人々に囲まれている。それでいて、少数の悲鳴を聞くのだ。聞いたうえで救ってしまうのだから、彼は本当に美しいが質も悪い。
……期待してしまうのだ。行き過ぎても、彼が戻してくれる。彼が助けてくれる。純粋な尊敬の念に隠れた押しつけがましい欲望を、彼は慈悲をもって「仲間だから」と救うのだ。自分のボロボロの手を隠しながら、懸命に周りの仲間の傷を治していく様は、哀れでいて滑稽だった。
なぜ他人ばかりを愛するのか。己の事なんでどうでも良いと言わんばかりの行動。自分が耐え切れなくなってしまえばそれでお終いなのに、それを知らないような素振りで必死に目の前の仲間を助けるのだ。

「俺が、1番押し付けてるんだよ」

バンは俺にそう言った。助けるのは、失うのが怖いから。自分を気にしないのは、自分がどうなっても周りが残っていれば自分という記録は残るし、誰かが助けてくれると思っているから、と。
強いだろう。バンはとても強い。だが、脆いのだ。無知の知。自分が弱いと分かっているからこそ、支え合う事を知っている。

――俺は、なかったなァ。

がむしゃらに勉学に励んだ。友人なんていなかったし、そんな事を考える余裕もなかった。ただただがむしゃらに頑張った。「頑張る」というレッテルを良いことに思考する事を放棄したのだ。頭の中の疑問「俺がする事は正しいのか」に蓋をして、淡々と参考書の単語を頭に詰め込む。試験では良い成績を残す。それだけが全てだった。それ以外が分からなかったのだ。誰かを信用する事も、支え合うことも。

サターンが燃える。酸素が薄くなる。涙がつつ、と頬を伝って手の甲を濡らす。

もう遅い。分かっていた。もう俺には仲間もいた。支え合う事も分かった。全部全部、バンが教えてくれたのに。それでも俺は引き返せなかった。怖かったのだ。形がよいとはいえずも過去の努力は確かに努力で、それを否定すれば自分さえ否定されるような気がした。

炎がコートの裾に触れる。熱い。熱い。熱い。これは罰だ。俺が受けるべき罰。理解は出来れど、落ちる涙は果たして苦痛からなのか、それとも後悔か。その答えが出る頃には俺の思考はもう……。

嗚呼、俺は幸せだったのだろうなァ。最期に、バンと出会えたのだから。嗚呼、バン。願わくば彼に幸あれと……。



茨は生を許されず
(罪は無くとも、生きるが罪と大衆叫ばんとす)



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